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Makiko Mizuno
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韓国で開催された難民の権利に関する学会に参加して
 竹島問題で日韓関係に亀裂が入り、ソウルの大使館前での反日デモがヒートアップしていた8月後半、ソウルで開催された学会に参加しました。各種報道によると日韓関係は一触即発のようで、今後、在韓日本人がどんな被害にあうかわからないというような雰囲気でした。今回は息子も同行するので、息子を危険にさらすわけにはいかないと、戦々恐々としてしまい、本当に行っても大丈夫なのだろうかと前日まで大きな不安で落ち着きませんでした。しかし、学会ではパネル発表なので、自分だけ行かないわけにいかず、結局、行くしかないということになりました。

 ソウルに着いてもあまり日本人っぽくしないほうがいいだろうと、空港に着いてから、息子とも英語で話すようにしていました。ところが、空港から市内ホテルへのシャトルバスに乗ろうとしていた時、係員の男性がとても親切に片言の日本語で話しかけてくれて、あれこれと面倒もみてくれたのです。反日感情の片鱗も感じませんでした。そこで、一旦、ほっとしました。

 幸いなことに、その後も、滞在期間を通してずっと、現地で会った韓国の人たちはみな、大変やさしく親切で、日本人に対する敵意のかけらも感じることがありませんでした。学会で会った韓国の人たちとも、「ロンドン・オリンピックのサッカーの試合以降、日韓関係がたいへんなことになっちゃったね」と言いながら、お互いに笑って終わりでした。日本にいる時に報道から感じ取られた緊迫感やあからさまな反日感情は、現地では全く感じることはありませんでした。今後も、領土問題で政府同士がもめていても、一般人レベルでの友好関係は続いてほしいものです。

 さて、学会ですが、難民の権利問題がテーマで、私は友人である梨花女子大学のLee Jieun先生に誘われて、韓国のグループによるパネル・ディスカッションのスピーカーの一人として参加しました。テーマは難民問題とコミュニティ通訳で、私はコミュニティ通訳の概念や通訳者の倫理や役割について解説するとともに日本における難民審査時の通訳の問題について発表しました。

会場
会場風景

 Lee Jieun先生は、実際の難民審査の生の音声データを用いた、通訳プロダクトについての分析結果を発表されましたが、そのような音声データが研究者の手にわたることなど日本では考えられず、たいへん驚きました。日本の裁判所や入管の難民審査での音声録音などは、外部の人間が借り出すことは不可能だし、弁護士などが通訳の正確性を争点に控訴審を戦おうとするような時でも、過去の録音を入手するのは骨の折れることです。研究者が言語分析のために使用することは不可能です。Lee先生によれば、裁判官は、通常の裁判の通訳データも提供してくれて、分析結果も参考にしてくれるということでした。

 もう一人の発表者であるKim Jeanieさんは、難民審査の通訳者養成セミナーについて詳しく述べられました。それによると、昨年度から韓国法務省のバックアップのもと、前述のLee先生を中心に企画運営される、難民審査の通訳者を訓練するためのプログラムが発足したとのことでした。法務省の役人が通訳者研修セミナーに参加し、その意義を認め、法務省がバックアップするようになったということでした。韓国は日本に比べて特に難民の認定数が多いわけではないのに、審査の通訳の重要性を認識し、質の保証のために政府機関がかかわっているわけですが、日本の法務省が難民審査の通訳人の養成に乗り出すようなことは現時点では考えられません。

 国際化の進んだ社会においては、外国人がらみの犯罪もあるし、当然のように、認定を求めて難民もやってきます。それに公正に対処するためには、言葉でのコミュニケーションを確立させる必要があります。本気でコミュニケーションが重要だと感じれば、通訳の質にも当然意識が向くはずです。昔から以心伝心の文化を持つ日本では、言葉のコミュニケーションに対する意識が低いのでしょうか。法廷通訳の質の問題がいつまでも手つかずのままです。

高麗大学
会場となった高麗大学 ソウル大学に次ぐ有名校 素晴らしい建物群でした。
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Makiko Mizuno
エッセイ(一般)


ソマリア海賊 裁判の壁
 あまり話題に上ってはいない事件ですが、日本の商船を襲ったソマリア人の海賊3名が逮捕され、未決拘留中です。裁判員裁判にかけられる予定ですが、通訳人が見つからないという理由で、3か月以上、開廷ができないままの状態です。

 少数言語の場合、通訳人がなかなか見つからないのはよくあることです。この場合もソマリ語の通訳ができる人材がいないということですが、そのような場合、通常は被告人の国の大使館などに連絡して、通訳できる人を派遣してもらうという手段が取られるようです。ところが、ソマリアは政府自体がほとんど機能していない国で、日本に大使館などありません。つまり、裁判所としては、全くのお手上げ状態なのです。

 この事件で思い出したのが、聴覚障害者が被告人だった「森本さん事件」です。被告人は、ある事務所から600円を盗んで捕まったわけですが、手話の訓練を受けていず、人とコミュニケーションを取る術を持っていませんでした。彼に対しては、守秘義務すら告知することができず、結局、裁判が停止になったまま、亡くなるまで20年近くもの歳月を「被告人」という立場のまま送ることになったのです。

 今回の海賊たちも、通訳人が見つかるまで、ずっと未決拘留のままでいることになるのでしょうか。国際関係という視点からも、それは無理なことでしょう。裁判所も何らかの対処をしなければなりません。韓国ではソマリ語から英語、英語から韓国語と、リレー通訳を行ったということです。日本もそれしかないかもしれません。

 そのようなリレー通訳をする場合は、被告人が第2言語である英語に精通していることが条件となります。使いこなせもしない言語で証言することを強要することはできません。
国際人権自由権規約の第14条は以下のように定めています。

 3 すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。
 (a)その理解する言語で速やかにかつ詳細にその罪の性質及び理由を告げられること。
 (f)裁判所において使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。

つまり、英語が「その理解する言語」と言えるほどのレベルにない場合は、彼らは母語であるソマリ語の通訳の援助を受ける権利があるということになります。

 では、仮にソマリ語の通訳人を見つけることが完全に不可能で、海賊たちが理解する言語がソマリ語以外にはない、ということになったらどうなるのでしょうか。

 1960年代にアメリカでこんな事件がありました。ドナルド・ラングという聴覚障害者が殺人事件を起こして起訴されましたが、この人は手話等のコミュニケーション手段を持っていませんでした。結局、精神障害者と同様に訴訟不適格とされ、措置入院をさせると同時に手話を学ばせるようにするという決定がなされようとしていました。ところが、弁護人が、裁判が行われれば、無罪の可能性もゼロではないし、有罪であっても、司法取引その他で刑期が短くなる可能性があるのに、そういう形での措置入院だと、被告人は永久に拘束されてしまう、それでは終身刑になってしまうので不公正だ、と主張しました。そういうことで争っていたわけですが、結局、一番重要な証人が死亡してしまし、裁判ができなくなって被告人は釈放されました。ところが、それから間もなく、被告人は再び殺人事件を起こしてしまったのです。

 コミュニケーション手段がなく裁判ができないからといって、精神障害者と同様に、有無を言わせず施設内に監禁してしまうのは人権侵害です。しかし,かと言って、危険な人物を自由にしてしまうのは社会にとってのリスクです。この2つを天秤にかけた場合、どちらが重いでしょうか。これは大変難しい問題です。

 今回の海賊の事件ですが、彼らは自分の国籍や年齢すらはっきり知らないということですし、人定質問自体が成り立たない可能性もあります。言葉の壁以外にも多くの壁が存在しているようです。まるでパイレーツ・オブ・カリビアンの時代からタイムスリップしてきた人たちを扱っているようなものなのでしょう。





Makiko Mizuno
エッセイ(一般)


マカオの風景
12月8日から3日間、学会出席のためにマカオを訪れました。マカオは、街自体が世界遺産で、ポルトガル関連の多くの歴史的建造物があるということだったので、さぞしっとりとした風情のある街だろうと想像していました。ところが着いた途端、想像していたものとのあまりの違いにびっくりしました。街全体がまるでテーマパークです。ホテルはほとんどカジノになっていて、とにかく派手な形と色彩にあふれ、しかもクリスマスシーズンで、通りや広場がすべてイルミネーションであふれていました。
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セント・ポール寺院の遺跡も、その前の広場には数多くのパンダたちのイルミネーションが並び、そのミスマッチには笑うしかありません。日本では考えられない光景でした。高台には古い砲台がありましたが、大砲の砲身の先には、町で一番目立つリスボア・ホテルの偉容がそびえ、これも一種のミスマッチです。
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マカオの「食」ですが、ポルトガル料理をマカオ風にアレンジした、いわゆるマカオ料理が有名です。最も人気があるらしいレストランを選んで、2晩続けてマカオ料理を楽しみました。カレー・クラブ(蟹)が有名らしいけれど、カレーはちょっと…と思い、他のカニ料理を注文しました。当然、蟹がそのまま出てくるかと思ったら、想像もしていなかった姿の蟹が現われました。甲羅に蟹の身を詰めて揚げたもので、まるでコロッケです。ご丁寧に、まるで目のようにオリーブをあしらった姿は、とてもコミカルでした。
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マカオ名物のエッグ・タルトは、ガイドブックなどでも取り上げられている有名なカフェ・エ・ナタ(http://www.analatte.com/lattespecial/71/spot7.html)で食べました。足を踏み入れるのを一瞬ためらうような、とてもきれいとは言えない下町の路地裏にこのお店を見つけた時には、またしても、そのミスマッチに驚きました。でも、エッグ・タルトは確かに美味でした。
tart 2 tart.jpg


マカオには、様々な要素がミックスされています。ポルトガル時代の建造物の明るいパステルカラー、中国風の赤や緑の色彩、そして多くのカジノの派手派手しい形と色と光、そこに今はクリスマス・イルミネーション。これらが狭い街にひしめき合っているのです。


Makiko Mizuno
エッセイ(一般)


法律用語という異文化
 12月12日に金城学院大学で「法と言語 学会」の第1回研究大会が開かれた。まだ生まれたばかりの学会で会員も少ないので、二十数名の小ぢんまりとした集まりだったが、会長の基調講演、実務家を中心とするシンポジウム、個人研究発表は、それぞれ中身は充実していた。参加者も研究に熱意のある人が多く、第2回以降の研究大会にも大いに期待が持てそうである。
 さて、基調講演では、日本の法言語学の草分けである高崎経済大学の大河原眞美先生が、法律用語と一般用語との違いや、司法の現場での言葉の使い方に関する興味深い話をされた。それを聞きながら、私自身が過去10年にわたり、「日本司法通訳人協会(2006年解散)」研修会での法律用語の解説で取り上げていた内容と共通の部分が非常に多いことに気付いた。私は「司法通訳」という観点から用語の研究をしていたのだが、やはり、気になることは同じだったということである。
 法律用語の勉強をしていると、これまでの人生の間、「この言葉はこういう意味である」と疑いもなくずっと信じていた言葉の意味が、実はそれとはまったく違うのだということを教えられ、「目からうろこ」の経験をすることが多い。いくつか紹介しよう。
 私たちは、「善意の第三者」というような表現をよく耳にする。一般的には、「善意」「悪意」という言葉を使う場合、よい事、あるいは悪いことをしようとする意志を想定する。「善意の人」といえば、英語では” a person of good will”と訳す。「悪意に満ちた表情」であれば、”a look full of malicious intent”のような表現になるだろう。ところが、法律上、「善意」「悪意」という言葉は、それとは全く違う意味を持っている。「善意」は、「ある事実を知らない」という意味で、「悪意」は「ある事実を知っている」という意味なのである。そこにあるのは、知っているか知らないかということだけであって、道徳的な意味での善悪の判断は入らない。
 昔、「善意の第三者」という表現を聞いたとき、変だなと思ったことがあった。どんなに性格の悪い、いやな人間でも「善意の第三者」と言われるのに違和感があったのである。また逆に、「悪意を持って土地を占有した」というような表現は、別に邪悪な気持ちでやっているわけでもないのにオーバーな・・・、というように感じたこともあった。だから、司法通訳人協会の研修会で、弁護士さんからこれらの言葉の法的意味を教えていただいたとたん、そういったモヤモヤが解消して、まさに、「目からうろこ」の気分になったわけである。
 だが、その時、一瞬ギクリとしたことも確かだ。なぜなら、その日まで私は、「善意」「悪意」を別の意味だと理解していたわけである。ということは、もし、司法に関する場面でその言葉を通訳しなければならない状況にあったとしたならば、100%誤訳をしていた、ということになる。「悪意を持って」と言われれば、十中八九 ” with malicious intent “と訳していただろう。研修会の時も、弁護士さんがこう言った。「『悪意』を英語で訳すときには” knowingly “(知りつつ)だけにしておいて下さいね。決して余計なことを付け加えないように。」
 このような例は他にもある。例えば「情を知らない」という表現だが、法律用語を知らない人にこれを読ませると、ほとんど例外なく「なさけをしらない」と言う。そして、「冷淡な」とか「優しくない」というような意味だと考えるようだ。ところが、司法の世界では、これは「じょうをしらない」と読み、意味は「事情を知らない」ということである。例えば、飛行機で大麻入りの荷物を持ち込もうとしたような場合、荷物係がその荷物を大麻入りだと知らずに飛行機から降ろすという状況を、「情を知らない係員をもってして、これを機外に取り降ろさせ」と表現する。
 このように、司法の世界で使われる言葉は一種独特の意味を持ち、通常の使い方とは違うことが多い。まさに、法律の世界は、言葉の上で、私たちの日常とは「別文化」に属していると言えよう。
 中国語で「手紙」と言えば、「トイレットペーパー」のことだ。同じ漢字文化に属していても、両言語の間には、このような違いがたくさん存在する。これと同じように、法律用語の世界には、同じ日本語の世界にいながら異文化を感じることが多々あるのである。

 
Makiko Mizuno
エッセイ(一般)


名古屋の面白い食べ物
シロノワール


名古屋は奇妙な食べ物が次々と発明されることで有名です。日常的な食事になっている「あんかけスパゲティー」、お土産として売られている「味噌キャラメル」、コンビニでも売られている「きしめんアイス」(ネギやなると、シイタケまで入っています)、有名な「喫茶マウンテン」の「甘口イチゴスパゲティー」と、枚挙に暇がありません。

上記のうち、「あんかけスパゲティー」は、食べてみるとごく普通に受け入れることができる味です。トマトベースの餡に具材が入っていて、それを太麺にからめて食べるのですが、イタリアンというよりは、ちょっと中華風の趣です。麺に餡をかけて食べるという発想は、「あんかけうどん」から来ているらしく、これも名古屋発という説もありますが、真偽は定かではありません。

私が生まれ育ったのは岐阜県の東濃地方ですが、そこは岐阜県でありながら名古屋文化圏なの
で、子供のころから「あんかけうどん」を好んで食べていました。濃口醤油をベースにした餡のだし汁に、大きなシイタケ、ネギ、なるとなどが乗っていました。現在は京都に住んでいますが、ここにも「あんかけうどん」が昔からあることを知りました。ただし、薄口醤油のだし汁の餡に生ショウガをすり下ろしたものが乗っているだけで、具材が何もないそっけなさに、少々唖然とさせられました。ちなみに、京都では、シイタケなどが乗っているあんかけうどんは「のっぺい」と呼ばれており、別物として扱われています。

名古屋はまた、喫茶店のモーニングサービスでも有名ですが、朝の時間帯に、コーヒーなどの飲み物を頼むと、自動的にトーストや卵などが付いてくるというシステムで、まさにモーニング「サービス」です。全国どこにでもある「モーニングセット」などとは異なり、飲み物の値段だけで、実際にサービスとして食べ物が出されるのです。

このモーニングサービスでも知られている老舗コーヒーショップのチェーンに「コメダ珈琲」があります。名古屋だけでなく東海地方のいたるところに店舗がありますが、最近では東は東京、西は大阪まで店舗を広げています。噂では全国制覇を目指しているとか。

このコメダ珈琲のメニューも結構ユニークですが、一番人気なのが「シロノワール」というデザートです。温かいデニッシュにソフトクリームが乗っていて、シロップをかけて食べます。ネーミングが、何とも言えません。「白」と「ノワール(黒)」を合体させているのでしょう。色の濃いデニッシュに白いソフトクリームが乗っているからなのか、初めての人は、出てきたものを見て、「何だ、こりゃ」と目を白黒させるからなのでしょうか。

「シロノワール」は直径15センチだそうですが、これはけっこう大きく食べごたえがあります。(小さいのもありますが)。その大きさと言い、形状と言い、そこはかとない田舎臭さを漂わせているところが、何とも魅力的な食べ物です。名古屋らしさを味わうにはもってこいの一品です。

 新奇性と意外性にあふれる食べ物を見ると、過去の伝統と常識をくつがえして日本の頂点に立った織田信長や豊臣秀吉の生まれ故郷が名古屋であるのも、もっともだと感じます。「シロノワール」を奉じたコメダ珈琲店の天下統一の野望も、あながち夢ではないでしょう。



Makiko Mizuno
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