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Makiko Mizuno
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異文化伝心 その(3) 
インフォームド・コンセントと通訳

映画「サウンド・オブ・ミュージック」で有名な女優ジュリー・アンドリュースが1999年に医療訴訟を起こしていることを知っている方は多いでしょう。2年前に受けた声帯ポリープの手術が失敗し、声が出なくなって歌手生命を奪われたとして、ニューヨークの病院と医師を訴えた事件です。
彼女の場合、良性のポリープだったので、特に緊急に手術をする必要もなかったけれど、医者が、「簡単な手術だ。すぐに治って、前よりもいい声になるでしょう。」と言うので、ツアーのスケジュールがあることだし、早く治してしまおうと、手術に踏み切ったようです。ところが、結果は失敗で、声が出なくなってしまいました。この場合、医者が手術にともなうリスクを告知しなかったということで、訴訟になったわけです。
 似たような話をオーストラリアで聞きました。2002年に法務省の委託により司法通訳制度調査のためにオーストラリアに行きましたが、メルボルンでの裁判見学の際に親しくなった法廷弁護士が、通訳ミスが問題になって裁判沙汰になった事件の例として教えてくれました。やはり、プロの歌手がノドの手術を受けたあと声が出なくなって訴えを起こしたというものでしたが、その事件の場合、医者は手術の危険性について話したにもかかわらず、医療通訳者がそれをきちんと訳していなかったことが問題になりました。つまり、医者の側としては、インフォームド・コンセントをしっかり行ったつもりだったのに、通訳がそれを伝えなかったせいで、本人はそのリスクに対する認識のないまま手術を受けてしまった、ということです。
 インフォームド・コンセントは、医療訴訟のキーワードとも言える重要なことがらで、医師の側は、近年、相当神経質になっていますが、それに関する危機感という点で、通訳者との間に温度差があるようです。多くの国で、通訳者のための倫理規定が定められていますが、それには「省略することなく、編集することなく、発言を正確に訳す」ということが必ず明記されています。これを見てもわかるように、医療の場では、通訳者は、医療側の言ったことを全てもらさず訳す義務があります。インフォームド・コンセントのような重要なことがらについては、特にこれが徹底されるよう、通訳者を訓練する必要があることは明らかです。
 インフォームド・コンセントということについては、文化の違いという点でも考えなければならないことがたくさんあります。世界には、アメリカのように、癌などの病気の際に、病名を告知した上で治療に当たるのを習慣とする国や、日本のように、本人への告知があまり望ましいとされていない国があり、医療を取り巻く文化はさまざまです。告知が一般的でない文化から来た人に病名をストレートに告げたりすると、大変なショックになることがあります。文化背景の違う人たちが多く訪れる医療機関は、このような文化的な事情も考慮できる準備が整っていなければなりません。
 通訳者は、唯一、文化の橋渡しが出来る存在ですので、医療を施す側と患者の間に立って、互いによりよいコミュニケーションが出来るよう、手助けをする役割が期待されます。会議通訳などとは違って、人々の生活の場での通訳者は、やはり、ことばを訳すことだけでなく、「サポートし、助ける」という役割も負うべきでしょう。ただし、通訳者にどの範囲までそれが許されるのか、通訳者の倫理として守るべきことがらにも照らして、今後議論されていくべき問題だと思います。
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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


異文化伝心 その(2) メルボルン事件
メルボルン事件・・・もしかして、あなたの身にも・・・。

 今回は、日本人観光客が海外で事件に巻き込まれた問題を、通訳という観点からお話します。
 1992年に、7人の日本人がマレーシアを回ってオーストラリアへ行くツアーに参加しました。マレーシアでは現地ガイドに出迎えられ、車で市内のレストランで食事をしますが、食事後に帰ろうとすると、荷物を入れておいたワゴン車が駐車場から消えていたのです。7人はショックを受けますが、ガイドが「何とかするから」と言うので、そのままホテルに入り、心配な気持ちで夜を明かします。
 次の朝、彼らのところにガイドが現れ、こう言います。「荷物は見つかった。でもスーツケースがズタズタにされていたので、こちらで新しくスーツケースを用意したから、それに詰め替えてくれ。」
7人は何の疑問も持たずに、言われたとおり、用意されたスーツケースに荷物を入れて、それを持ってオーストラリアに向かいます。
 ところが、オーストラリアのメルボルン空港で、職員に怪しまれ、彼らはスーツケースのチェックを受けます。すると、なんと、スーツケースは二重底になっていて、大量のヘロインが発見されたのです。
 彼らは、荷物の盗難のこと、スーツケースが途中で換えられたものであることなどを説明しようとしますが、言葉の壁に阻まれて思うようになりません。通訳者も不慣れで、ほとんど機能しません。例えば、「これはあなたのスーツケースか」という質問に対して、通訳は「スーツケース」という言葉の代わりに「荷物」という言葉を使いました。「スーツケース」が物を入れておくカバンを指すのに対し、「荷物」は中身を指します。ですから、「これはあなたの荷物ですか」と聞かれた場合、中身がそうであれば、たとえスーツケースが自分のものでなくても「はい、そうです」と答えてしまうのです。
 言葉の壁のために、ほとんど弁明できないまま、彼らのうちの5人が逮捕され、取調べを受けますが、ここでもまた、通訳の問題が生じます。あなたには弁護人をつける権利がある」という、ごく当然の権利も、「あなたは法律の専門の人にお会いしたいですか」と通訳者が訳したため、きちんと伝わりません。また、通訳者がスムーズに訳すことができなくて刑事の質問の意味がうまく伝わらず、即答できないことが多かったため、刑事に、「嘘をついている」、「言い逃れをしようとしている」という悪い印象を与えてしまいました。
 結局、彼らは裁判にかけられますが、裁判でも通訳が十分でなく、公判の内容の20%くらいしか理解できないまま、有罪判決が下され、15年と20年の刑が言い渡されます。彼らは、身に覚えのない罪によって、そして、そのことを十分説明できないまま長期の拘束を余儀なくされていると、国連の人権委員会に訴えました(個人通報)。でも、結局彼らの主張は通らず、長年の刑務所生活を送ったのち、仮釈放で日本に帰されました。彼らは今でも無罪を主張し、救済措置を求めています。
 このように、司法の場では、通訳の質が人の人生を左右します。一つ一つの小さな通訳ミスや不手際は、そのことだけのために判決や評決を左右することはないにしても、それがいくつも重なると、全体の流れを決定付ける要因になり得ます。でも、争点となるような重要な点での通訳ミスは致命的です。それによって有罪、無罪が決定することもあります。
 たまたま通訳がよくなかったために、何年も刑務所に入ることになったらどうしよう。ちょっと想像してみてください。
 また、「異文化」という観点からも、この事件の被告人は不利な状況に置かれました。5人の被疑者が一人ずつ取り調べを受けたわけですが、マレーシアでの出来事を尋ねられました。その時に、ホテルはどこだったのかとか、レストランはどこにあったのかというような質問に、それぞれがうまく答えられませんでした。オーストラリア人の刑事は、このことを非常に怪しく思ったようです。大の大人が自分が食事をした場所も泊まったところも覚えていないなど、あり得ないことで、何か隠しているに違いないと思われたのです。
 でも、これは、日本人のツアー客にとっては、ごく普通のことです。日本人はツアーガイドやリーダーにすべて任せて後をついていくだけの場合が多いのです。ホテルがどこにあったのかなど、個人個人が覚えていることのほうが珍しいし、ホテルやレストランの名前など、現地語であればよけいに、覚える努力すらしないのではないでしょうか。このような日本人にとって当たり前のことが、オーストラリアでは異常なことに思われたのです。
 文化の違いによって取り返しのつかない誤解が生じることも多いのです。自分の文化を一歩出たとたん、当然のことが当然でなくなるということを、多くの日本人は意識していません。メルボルン事件のようなことが自分の身に起こってはじめて、いかに自分たちが無防備であったかに気づきます。でも、その時にはもう遅いのです。


この事件は「メルボルン事件」として有名になり、新聞、テレビなどのマスコミでも何度も取り上げられています。インターネットでも多くのサイトがあります。
(筆者は、日本の弁護団の依頼で、メルボルン警察での取り調べの録音テープを分析しました。)
Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 「異文化伝心」 その(1)
反省する被告人、反省しない被告人

 日本の法廷では、被告人が反省しているかいないかが大いに問題視されます。法廷とは人を裁く場であると同時に、人に反省をうながす場でもあるのです。ですから、裁判の終わりに裁判長が、「被告人、最後に言いたいことはありますか。」と聞きます。ここで期待されているのは、「本当に申し訳ないことをいたしました。もう二度としません。」という反省の言葉です。それがないと、裁判が終わった感じがしないのです。
 大阪教育大付属池田小学校での、あの悲惨な児童殺傷事件の犯人であった宅間被告は、法廷で一度も謝罪したり、反省の言葉を述べたりしませんでした。この「反省をしなかった」ということが新聞やテレビで大きく報じられ、日本人の多くが憤慨したことは記憶に新しいと思います。ところが、この「日本人の常識」は、必ずしも他の国々の常識ではありません。
 日本の裁判で、こんなことがありました。
 ある時、アメリカ人の被告人に裁判長が「被告人、最後に言いたいことはありますか。」といういつもの質問をしました。アメリカ人は、「ナッシング(何もない)」と答えました。それを聞いた日本人はみな、「被告人は反省の言葉も口にしないで、ふてぶてしい態度を取っている」と思ったのです。ところが、その話を聞いたあるアメリカ人がこう言いました。「彼が最後に何も言わなかったのは、もしかしたら最大限に反省していたのかもしれないよ。」
 アメリカでは、日本と違って、裁判とは有罪か無罪かを争う場です。日本のように、自首しようが自分から有罪であると認めようが、とにかく裁判が行われるというシステムを取ってはいません。アメリカでは、自分が無罪だと主張する人に対して、有罪を主張する検察を相手に自分の言い分を提示して争う機会を保障する場が裁判なのです。自分が有罪だと認めることは、裁判を受ける権利を放棄することになるのです。ですから、アメリカ人の常識として、裁判では、みな、最後まで自分を弁護するために戦います。謝ったり、「反省しています」などと言おうものなら、即、有罪を認めたことになってしまうのです。 
 そういうわけで、被告人が最後に「ナッシング」と言ったのは、「何もないよ」というニュアンスではなく、「もうこれ以上、言うことはありません。自分が悪かったのです」という意味だったかもしれなかったのです。もしそうであれば、通訳人がどう訳すかで、裁判官の心証が大きく変わってしまいます。「何もないです」とぶっきらぼうに訳すのと、「もう申し上げることはございません」と訳すのとでは、その与える印象がまったく異なります。通訳しだいで、反省していたかもしれない被告人を、ふてぶてしい奴だと思わせてしまうこともあるのです。
法廷通訳人は、オリジナルの発言の言葉とその精神に忠実に、その「等価物」としての訳出をする義務がある、とされています。言葉だけに忠実であっても、その精神が伝わらなければ正確な通訳にはならないのです。でも、発言の精神に忠実に訳すのはそんなに簡単ではないし、通訳人の勝手な判断で、逆の効果が生じる可能性もあります。
 正確な通訳をするためには、2つの文化をよく知り、発言の言葉の裏にある精神を汲み取り、両文化の間で慎重に比較検討をした上で、発言の真意を的確に伝えるという作業が必要になります。通訳人は大変難しい任務を担っていると言えましょう。 
Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


エッセイ「異文化伝心」掲載開始
エッセイ「異文化伝心」掲載開始

2006年度末まで、前任校である千里金蘭大学のHPに連載していたエッセイ「異文化伝心」を、加筆、修正のうえ、このブログに再掲載します。通訳ガイドおよび通訳の仕事を通じて経験したことを中心に、異文化のぶつかり合う現場で起こるさまざまな出来事についてお話します。
ここで言う「文化」とは必ずしも国や民族によって規定されるものとは限りません。職業集団間での「文化」の違い、国内での地域独特の「文化」、ひいては家庭や個人の持つ「文化」についても触れていきます。
Makiko Mizuno
お知らせ


出版のお知らせ
『コミュニティー通訳入門』を出版しました。
(大坂教育図書、2008年8月)

多言語社会を迎えて言葉の壁にどう対応するか・・・コミュニティー通訳(地域密着型の通訳)のありかたについて詳しく述べています。

第1部は、日本に暮らす外国人とそのコミュニケーションの現状、コミュニティー通訳の意義と役割、通訳者に必要な資質と能力などについての概論です。

第2部では、司法、医療、学校、行政などの分野別に、業務の特徴、通訳者倫理、ユーザーの注意点など、詳しく解説しています。

日本語を母語としない人たちのために、難しい漢字には振り仮名がつけてあります。


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第5回「法と言語研究会」会合のお知らせ
10月25日(土)に第5回「法と言語研究会」の会合は金城学院大学で開催されます。
裁判員制度導入を前に、さまざまな角度から、法廷でのコミュニケーションの問題が研究されています。今回の会合での発表の内容も、裁判員裁判が主要なテーマです。
詳細は以下のサイトをご覧ください。

http://jsll.sakura.ne.jp/news.htm
Makiko Mizuno
「司法通訳」新情報


ブログ開始のお知らせ
この度、「ことばと文化を語る」ブログを始めることになりました。
記事は10月下旬から少しずつアップしていきます。
よろしくお願いいたします。
Makiko Mizuno
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