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Makiko Mizuno
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3月20日 そして、誰も臭わなくなった
そして、誰も臭わなくなった

学会の気の合う仲間たち5人で、先週、ソウルに2泊3日の旅行に行った。円高ウォン安のおかげで、ショッピングやおいしい韓国料理を安い金額で堪能することができた。昨年、学会発表のために上海に行ったが、その時は、旅行者と見るとべらぼうな金額をふっかけたり、シルクでもないものをシルクだと言って売りつけたりする悪徳商法にひっかかり、苦々しい思いをしたが、韓国はそういうことは一切なく、たいへん気持ちよく過ごすことができた。
 ソウルのショッピングの中心街である明洞(ミョンドン)は、今は買い物客の8割が日本人だと聞いたが、どこに行っても必ず日本語の堪能な店員さんがいて、コミュニケーションには全く苦労しない。看板にも多くの日本語が使われていたが、中にはとんでもない日本語が混じっていて、それを発見しては大笑いをするという、マニアックな楽しみも見つけた。(詳しくはこちら
 韓国では朝昼晩と、三食とも、キムチその他のおかずが5,6品出る。朝にはアワビ粥のお店に行ったが、朝っぱらからキムチをたくさん出された。日本人的感覚ではキムチは朝にはふさわしくないと思うのだが、お粥とキムチという取り合わせは、けっこうイケていた。薄味のお粥と辛いキムチが、非常にマッチし、舌に心地よい。
 滞在中、食事ごとにキムチやほかにもニンニク臭の強いものを食べ続けていた。ソウルに着いた直後は、タクシーに乗ったりすると、「臭いなあ」と思った。運転手さんの体から出るニンニク臭がこもっているのだ。他にも、狭いお店などでも、同様の臭いを感じたりした。ところが、2日目あたりから、それが非常に微かなものになり、帰るころには、タクシーに乗ってもどこに行っても、何の臭いもしなくなった。アガサ・クリスティの小説の題名をもじると、「そして、誰も臭わなくなった」・・・・。 
 このことは当然予想される結果を招いた。帰国し、家に帰ると、家族におおいに顰蹙をかった。娘にファブリーズや各種デオドラント、その他あらゆる消臭スプレーをかけられ、効果がないとわかると、「『消臭元』(消臭剤の商品名)を食べろ」と言われ、挙句の果てに「韓国に行って、最臭(最終)兵器になって帰ってきた」と笑われた。このことをメールで旅行仲間に知らせたら、これに対抗すべきいいアイディアをいただいた。「最臭でも平気(兵器)よ」と返すのだ。
 韓国料理は、好きな人と嫌いな人が極端に分かれるが、唐辛子に含まれるカプサイシンの燃焼効果を期待する人にはお勧めだ。3日間あれだけ食べても、不思議と体重は増えなかった。
 そういえば、韓国ではあまり肥った人を見なかったような気がする。そして、ブティックなどで売られている服のサイズが非常に小さく、細身の人に合わせてあるようだった。私の日本でのサイズは11号だが、韓国ではLサイズでも小さすぎた。XL(エキストラ・ラージ)がちょうど良かったのが、少々ショックだった。やはりカプサイシン効果なのだろうか。
 ニンニク臭さえなければ、毎日でも食べたい韓国料理である。



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Makiko Mizuno
Diary


異文化伝心 (11)
笑っていいとき、悪いとき

 日本人が欧米人に誤解を受ける状況の典型は、笑いのタイミングとシチュエーションです。日本人の笑いは不気味だと昔から言われますが、欧米人なら決して笑わない場面で日本人が笑ってしまうことがよくあります。
 ずいぶん昔、私がまだ20代のころですが、通訳ガイドの仕事で、ヨーロッパ人のツアー客を30名ほど空港へ送っていったことがありました。奈良・京都の観光を終えて、伊丹空港へバスで向かっていました。(当時は関西空港はまだなかったので、伊丹空港が国際線の発着空港でした。ついでに言うと、関西空港の設計者レンゾ・ピアノ氏の記者会見の通訳もしたことがあります。日本人が予算をケチったので、自分の設計したとおりにならなかったとかなり憤慨しておられましたが・・・。)
 しばらくはスイスイと名神高速を走っていましたが、徐々にバスがノロノロ運転になり、いやな予感どおり、ついにはピタッと止まってしまいました。運転手に聞くと、どうも事故があったようです。団体ツアーですから、不測の事態に備えてかなり時間的余裕を持って出発したので、はじめのうちはそれほど心配していませんでしたが、20分、30分とバスが全く動かぬまま時間が経過していくにつれ、不安の影が徐々に膨れ上がっていきました。
 そのツアーには添乗員がついていました。(どこの国の人だったか忘れましたが、ヨーロッパ人だったことは確かです。)時間の経過とともに、彼の顔には焦りと苛立ちが色濃く表れてきました。「いつ、動くのか」と彼は何度か運転手の所に聞きにきます。その度に「わからないけど、そのうちに。」と、運転手の空しい返事を私が通訳します。それを何度か繰り返したあと、添乗員がかなり険しい表情で、「飛行機に乗り遅れたらどうするんだ」と怒りをぶつけてきました。その時、私は運転手と顔を見合わせて、「そんなこと言ったって、仕方がないよね。」と言いながら、ハハハと笑ってしまったのです。運転手も笑いました。
 それを見た添乗員は、ブチ切れました。
「どうして笑うんだ。こっちがこんなに困っているのに、何がおかしいんだ。日本人はクレージーだ。」と、添乗員はまくしたてました。その様子を見て、私は焦りましたが、焦れば焦るほど、顔は笑ってしまうのです。「何もおかしくない。私たちも困っているのよ。」と言いながらも、顔は笑ってしまいます。運転手も同様です。
 その時、私は思いました。こんなに困っている最中に笑ってしまう日本人はやはりクレージーなのかしら。でも、こんなときに深刻な顔をしていたら、余計に状況が深刻になってしまうじゃない。笑ってその場の緊張を和らげるのが、人間の知恵ってものでしょう。
 でも、日本人の困ったときの苦笑の意味は欧米人には通じません。添乗員は真っ赤な顔をして目を剥いて怒っています。バス全体に険悪な空気が流れそうになりましたが、幸いにも、バスが動き始めたのです。何とか飛行機には間に合いそうだとわかったとき、添乗員の怒りも解けたようでした。ほっとした表情で座席に戻り、その後は、何も非難がましいことは言わなくなりました。
 さて、一行は無事伊丹空港に到着し、搭乗手続きで少しせかされましたが、ちゃんと飛行機に乗ることができました。別れるとき、添乗員は私に言いました。
「さっきは興奮して悪かった。でも、日本人はどうしてあんなときに笑うのか理解できないよ。ジャパニーズ スマイルはミステリアスだね。」

「異文化伝心 2」で「メルボルン事件」について紹介しましたが、私は、日本の弁護団に依頼され、オーストラリアでの被疑者取調べの状況をテープに取ったものを分析しました。通訳がうまくいかなかったことを証明し、国連の人権委員会に個人通報して救済を求めるための補充報告書作成に必要だったからです。
 私は首謀者とされていた人物の取調べテープを分析しましたが、ここでも、日本人の意味不明の笑いが誤解を招いていることに気づきました。欧米人なら取調官に対して真顔で抗議すべきところや、責めたてられて返事に窮しているような場面で、日本人の被疑者は笑ってしまうのです。時には日本人の通訳人もいっしょになって苦笑しています。それを見て、オーストラリア人の警察官が悪い印象を持ったことは明らかでした。まじめにやっていないと思うわけです。
 日本人の困ったときの笑い、照れ隠しの笑いは、時として、思わぬ災難を呼ぶことがあります。笑いのTPOも、文化によって違うという事です
Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


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