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Makiko Mizuno
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「法と言語 学会」設立総会
 昨日、明治大学(お茶の水)で、「法と言語 学会」設立総会が開催されました。50名近い参加者があり、大変盛り上がり、運営委員の一人としてとてもうれしく思いました。設立趣意は学会HPで読むことができますが、法というコンテキストの中の様々な言語に関わる問題点に焦点を当て、それを科学的、実証的に研究していくという目的を持った学会です。

      基調講演:西シドニー大学/元国際法言語学会会長・John Gibbons先生

JALL 設立総会 gibbons

 私の研究分野の司法通訳もその大きな柱の1つです。これまで通訳つき模擬法廷を企画して、様々なデータ分析を行ってきましたが、学会というものの立ち上げによって、そのような研究が属する1つの領域が、世間にその存在を知ってもらえるようになるという意味で、非常に意義深いことだと思っています。
 裁判員制度が今月始まります。法曹関係者も、一般市民も、このような制度について、非常に不安に感じています。特に、法廷での発言がそのまま証拠となるわけですから、言葉の持つニュアンスや効果が、判決に影響を及ぼすことも充分考えられます。法律家としては、どのような話し方をしたら裁判員の心をつかむことができるのか気になりますし、外国人がらみの場合は、通訳の訳し方で裁判員の心証が変わるというリスクについて考えなければなりません。
 今回、「法と言語 学会」が立ち上がることによって、そのような問題に対する研究を進めていく土台ができました。今後、精力的に活動を行っていき、社会に貢献できれば大変うれしいです。私は、学会副会長というポジションをいただきましたが、その責任を果たすべく、努力していくつもりです。

                運営委員会メンバー
JALL 設立総会 board
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Makiko Mizuno
お知らせ


木枯し紋次郎
木枯し紋次郎

 フジテレビ金曜プレステージで「江口洋介主演の「木枯し紋次郎」が放映されました。笹沢佐保の原作を 1972年に市川昆監督が連続ドラマ化し、それまでになかったニヒルなヒーローを当時無名だった中村敦夫が演じて一世を風靡した、あのドラマのリメイクです。当時中学生だった私は、このドラマに完全にハマってしまい、”I have nothing to do with it.”という英語の構文を「あっしにはかかわりのねぇこって」と訳していたのを思いだします。
 ところで、この「あっしにはかかわりのねぇこって」というセリフですが、どのように訳したらニュアンスが伝わるのでしょうか。色々と考えました。

I have nothing to do with it.
I don’t wanna get involved.
I’m not concerned about it.
これらはみな、’I’ が主語になっていて、主体がはっきりしています。「私は」それには関わりを持っていない。あるいは関わりを持ちたくない、という意志が感じられます。「あっしはかかわりを持たねぇんで(持ちたくねぇんで)」という感じなのです。ところが、紋次郎のセリフは、運命に逆らわず「死ぬ時には死ぬ」という生き方をしている人物像も考え合わせると、流れに身を任せた、もっと受身的なニュアンスを感じさせます。

That’s none of my business.
It doesn’t concern me.
これらのような表現にすると、主語は ’I’ ではなくなりますが、「知ったことじゃない」というように、ちょっと突き放した感じになってしまいます。

 ドラマなどの決めゼリフは、それ自体特別のニュアンスを持っており、独特の雰囲気をかもし出しています。ニュアンスが占める部分が大きければ大きいほど、通訳や翻訳は非常に難しくなります。
 有名な映画「カサブランカ」の名ゼリフ”Here's looking at you, kid”が「君の瞳に乾杯」と訳されたことについても、名訳であるか完全な誤訳であるのか、色々と賛否両論です。プロの翻訳家は、もし「あっしにはかかわりのねぇこって」を訳すことになったら、思い切った誤訳をしてでも、場の雰囲気を出す努力をするのでしょう。でも、どんな訳をつけても、人それぞれ感じ取り方が異なるので、読者(あるいは視聴者)の感性と翻訳家自身の感性との間にギャップがある以上、完璧な訳出はありえないのです。
 ところで、「木枯し紋次郎」というタイトルが ’Cold wind Monjiro” と英訳されていましたが、あまりにも安直な英訳だと思いました。「冷たい風の紋次郎」になってしまいます。「木枯し」という言葉は「初冬の寒さ」「わびしさ」「物悲しさ」のニュアンスを多分に持った言葉です。また、このタイトルは「木枯しのような紋次郎」とも「木枯しのような境遇にいる紋次郎」とも受け取れる表現ですが、それをどう受け止めるかも、読者あるいは視聴者の感性に任されています。ですので、これを英訳するのは大変難しい作業です。
 ’Lonely Monjiro in Wintry Wind(紋次郎はひとり、木枯しの中に)!のように、ニュアンスを意識して訳しても、ここまではっきり「淋しいlonely」と言い切ってしまうのも問題があるし、「冬の風の中in Wintry Wind」と言ってしまうと、in という前置詞があるために、位置が固定してしまいます。さらに、冬という言葉も具体的過ぎ、はっきり言って、最悪の訳出に思えてきます。
 では、発想を変えて「無宿渡世人 紋次郎」というようなタイトルにしてはどうかと思ったのですが、ここでも大きな問題が発生します。「無宿渡世人」にあたる英語はないのです。homeless, wanderer, vagabond, tramp,  gambler・・・これらの表現のどれを取っても、江戸時代という特別な時代背景の中で生じた特殊な生き方である「無宿渡世人」のイメージを描き出すことはできないのです。 
 そうなってくると、一番無難なのは、やっぱり、’Cold wind Monjiro’ のような、どうとでも取れる表現なのかもしれません。でも、私が英語のタイトルを考えるように言われたら、おそらく、単純に ’Monjiro’ にすると思います。考え過ぎて深みにはまるよりは、このほうがいいのではないでしょうか。

Makiko Mizuno
エッセイ(通訳のジレンマ)


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