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Makiko Mizuno
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異文化伝心 (7) 凶悪殺人犯が無罪に
異文化伝心 (7)  凶悪殺人犯が無罪に

 30年以上前、アメリカでもまだ、司法通訳のシステムが整備されていなかった時のことです。スペイン語しか話さないある男性が、殺人罪で裁判にかけられました。大変凶悪なケースで、検察側は、その男性を犯人だと証明するための充分な証拠もあり、大きな自信をもって裁判に臨みました。ところが、陪審員は、その男性に対して無罪の評決を出したのです。検察側はびっくりしましたが、無罪の評決を変えるわけにはいきません。
 後になって、陪審員たちが彼を無罪だと考えた理由がわかりました。「あんなに雄弁に、そして、明瞭に、きちんとした話が出来る人間が、あのような殺人を犯すはずがない」というものでした。
 実際、その男性は、そのような話し方をしていたのでしょうか。答えはノーです。スペイン語のわかる人であれば、証言する際に、彼がいかに下品で、文法も間違いだらけのスペイン語を使ったかがわかったはずです。まるで大学教授の話し方のような、明瞭で正しいことばを使ったのは、英語の通訳人だったのです。
 現在のアメリカの法廷通訳人の倫理規定によれば、通訳人は、オリジナルの発言に忠実にならなければならない。編集、削除をしたり、付け加えたり、文章をきれいに変えたり飾ったりしてはいけない、ということになっています。そして、アメリカの法廷通訳人資格認定試験では、裁判官などのような専門家の高度に洗練された話し方と、低所得層の人たちのスラング混じりの庶民的な話し方を訳し分ける能力が試されます。
 ある人の境遇や人格などが、その人の話し方でわかるのは、はじめに述べた「レジスター」がそれぞれ異なるからです。通訳が間違った「レジスター」を用いると、その人物のキャラクターが誤って伝わってしまうのです。オーストラリアへ司法通訳制度の調査に行ったときも、関係者の多くが「レジスターを保持する」ということの重要性を述べていました。人間や状況を判断する場である裁判では、この「レジスター」という概念は、他の通訳現場に比べ、非常に重要です。
 さて、ここで通訳人にとって大きな悩みが生じます。いくら本人が下品でひどいしゃべりかたをしたからといって、それをそのまままねて訳すということは、普通、並大抵のことではありません。通訳者はたいていの場合、いわゆる「インテリ層」です。自分が普段使ってる言語使用領域の外に位置する言語表現は、なかなか使いにくいものです。
 特に、日本人の場合、「男ことば」「女ことば」というものも存在します。そして、その多くが女性である通訳人が、その多くが男性である被疑者・被告人の通訳をしなければならない場合が多いのです。結果、当然のことながら、通訳バージョンが、本人のオリジナルよりも、女性的で丁寧な、上品なものになるということが起こります。
 逆の場合もあります。通訳人が法律家の「レジスター」に不慣れで、ごく普通の日常的な表現にしてしまうと、その法的意味が失われたり、ニュアンスが変わったりします。通訳人は、高度に専門的な分野の「レジスター」にも慣れておく必要があるのです。
司法通訳が会議通訳に比べて大変なのは、この「レジスター」というものをどう処理するか、いつも意識していなければならない点においてでしょう。

豆知識

レジスター   状況に応じて語彙や文法、発音などを変えた言語変種
          レジスターから、それを使用するグループのメンバーを特定することも可能
          地域方言、階級方言とは異なる。
  HALLIDAY とHASANによれば、レジスターは以下の3点によって決まる。   
   Field    言語が使用されている場面で何が行われているか。どのような分野に関わるか
   Tenor   どのような人が関係しているか
   Mode    どのような方法や目的で伝達がなされるか


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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 
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