スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Makiko Mizuno
スポンサー広告


BC級戦犯の苦悩と通訳
BC級戦犯の苦悩と通訳・・・・『私は貝になりたい』を観て

 先日、中居正弘主演の映画『私は貝になりたい』を観た。これは1958年公開の同名のTVドラマのリメイク版だ。実は、このドラマは、子供の時に観たことがあり、その内容の理不尽さに非常に衝撃を受けたことを生々しく覚えている。私の年齢を考えると、おそらく再放送されたものだったと思われるが、その時、家のどの部屋で誰と一緒に観たかというようなことも覚えており、そういう周りの状況から推測すると、かなり幼かった時代のことだ。子供のころは色々なドラマを観たわけだが、『私は貝になりたい』ほど記憶に鮮明に残っているドラマはない。
 今回の映画もなかなか良かったし、主役の中居正弘も演技はうまかったが、どうしてもそのイメージが「SMAPの中居くん」で、やはり昔のフランキー堺主演のドラマの方がストーリーの重みという点ではより印象深かったように感じる。
 ストーリーは、上官の命令でアメリカ兵の捕虜を殺害したとされ絞首刑になるBC級戦犯の苦悩と絶望を描いたものだが、私自身、東京裁判やBC級戦犯の裁判に関しては非常に関心があり、特にその通訳問題については、過去にいくつか小論を書いたこともある。8年位前だったと思うが、当時フィリピンやシンガポールで実際に軍事法廷の通訳を務めておられた河野節郎さんという方にお会いする機会を得、当時の体験を語っていただくとともに、貴重な資料のコピーもたくさんいただくことが出来た。それらによって、BC級戦犯の裁判がいかに不公正で悲惨なものであったかがわかった。
 「指一本の起訴」という言葉がある。BC級戦犯の容疑のほとんどが、捕虜虐待や現地住民に対する暴行や殺害であるが、そのような事件に関する裁判が開かれた場合、当時どの日本兵が関わっていたかを特定するのは非常に困難だ。だが、戦勝国側としては、けじめとして、あるいは見せしめのために、裁判を行って日本人を罰しなければならない。そのような場合、抑留されている日本兵に対して地元住民に面通しさせ、「この男だ」と指をささせる方式が取られた。これによって、全くアトランダムに容疑者が選ばれていき、無関係の人物が起訴されたりすることも多かったようだ。そして、通訳の調達もうまくいかないことも多く、間違いを立証しようにも言葉は通じず、冤罪のまま処刑されてしまうこともあったそうだ。
 映画では、裁判の場面で日系人通訳の変てこな日本語がうまく通じていないというシーンがあったが、映画のケースのように、横浜で行われたアメリカ関係の軍事法廷は日系二世が通訳の任に当たることが多かったようだ。中には非常に日本語に堪能な通訳官もいたが、あまり日本語がうまくなく、被告人の発言の真意がまったく伝わらないようなケースもあったと言う。
 また、映画でも描かれていたが、BC級戦犯の裁判の一番の理不尽さは、「上官の命令に従って行った」という理由がまったく認められないということだ。普通に生活していた普通の人が赤紙一枚で召集され、絶対に逆らうことの許されない軍の命令に従って行動しただけなのに、その理屈がまったく通用しないのが当時の状況だった。前述の河野さんのように通訳人が日本人の場合、日本の軍隊の状況がよくわかるので、被告人の立場や心情がわかり、したがって、被告人に対して非常に親身になり、裁判の間はまるで苦楽をともにする同士のような連帯感があったと言う。
 軍事法廷の不条理の中で、法廷通訳人として、被告人一人ひとりの運命が決定されてゆくのをつぶさに目撃した河野節郎さんは、こう語っておられた。「戦後半世紀以上を経た今日でも、心のどこかにトゲが刺さっている気がする」と。
 その河野さんは、今年亡くなられた。戦争裁判の生き証人がまた一人失われたことはまことに残念だ。心からそのご冥福をお祈りする。

スポンサーサイト
Makiko Mizuno
エッセイ(一般)


 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。