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Makiko Mizuno
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「湯」イコール"hot water"じゃない!?
「湯」イコール"hot water"じゃない!?

 一般的に通訳者は語学系、文学系の出身者が多く、言葉という意味では専門家であっても、その他の専門分野に関しては全くのしろうとから始めた人が多いです。ですから、通訳者がある分野で正確に通訳をしようと思ったら、相当な事前準備が必要となります。その分野の専門家が何年もかけ、あるいは一生かけて積み上げてきた知識、あるいは、少なくともその知識を表現するに足る語彙を、通訳者は、短期間でマスターしなければならないのです。依頼人の常識が通訳者にとっても常識になるくらいのレベルにまで自分を持って来なければなりません。
 ですから、通訳者は、学術・専門会議などの前には、それに関係するペーパーやドキュメントを出来るだけ多く入手し、読み、頭に入れ、ボキャブラリー・ノートを作成し、それを記憶して本番にのぞみます。時間が充分にある場合は、自分なりに満足のゆく事前準備が出来ます。しかし、そのような状態でのぞんだ場合ですら、100%完璧に通訳ができるということはめったにありません。時には、思いがけないことでつまずくこともあります。
 昔、こんなことがありました。某鉄鋼会社が外国人研修生に対して鉄の圧延工場の設備に関するセミナーを開催しましたが、私を含めて3人の通訳者が派遣されました。分厚い英語の説明書を事前に配布され、”billet”(圧延前の鋼片)などといった専門語彙のチェックも行われました。
 さて、本番となり、講師の方が、図を示しながらいろいろと説明をし、それを逐次で通訳するという作業が始まりました。ある場面で、講師の方が図の一部を指して、「ここの部分に湯を流し込みます。」と言いました。その時訳していた通訳者が(幸い、私ではありませんでした)、”We pour hot water here." と言いました。それを聞くやいなや、
「ホット ウォーターじゃないよ。」
と講師の方がとがめました。
「でも『湯』とおっしゃったと思いましたが。」
と通訳者が言うと、
「ここで『湯』と言えば、溶かした鉄のことですよ。お湯なんか入れたら大変なことになりますよ。」 
と、講師の方は、通訳者の常識を疑うような表情をみせたのです。
 確かに、三省堂の『大辞林』で「湯」を引くと、第4番目の定義として「金属を溶かして液状にしたもの」と出ています。でも、一般人である通訳者にとっては、「湯」とは熱い水のことでしかありません。状況から考えたらこんなところにお湯を注ぐわけはない、と言われるかもしれませんが、その状況にしたって通訳者に完全に把握することを期待しても無理なのです。『湯』と言われて溶かした鉄をすぐに思い浮かべることのできる人は、ほんの限られた専門家にすぎません。
 このように、言葉の一般的な使い方と、業界内の特殊な使い方が違っているケースは多く、通訳者にとって大きな落とし穴になることがあります。このような例については、今後、少しずつご紹介します。

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Makiko Mizuno
エッセイ(通訳のジレンマ)


 
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