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Makiko Mizuno
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異文化伝心(17) 未来のことはアラーのみぞ知る
 2月21日に、私が会長を務める日本英語医療通訳協会主催の関西研修会が行われました。医療の現場では、英語のノンネイティブ・スピーカーの人たちの通訳をすることが多いので、国際英語についての講演を企画しました。講演者として来てくださったのは、国際英語の理念に基づく英語教育で有名な、大阪大学教授の日野信行先生でした。

 日野先生のご講演には、世界には様々な英語があり、ノンネイティブ・スピーカー同士のほうが互いに英語が理解しやすいことや、様々な国の人が英語を話す場合、その国の文化的背景が、話す英語そのものにも色濃く反映することなど、なるほどと思わせることが多く盛り込まれていました。

 特に感銘を受けたのは、日本人の英語は日本人の英語として認めるべきであり、スピーチやエッセイなどの構成も、英語圏文化のそれをまねる必要はないという点でした。確かに、英語が世界語になっている今、World Englishesという言葉があるように、英語はネイティブ・スピーカーの英語以外に色々とあって当然なのです。

 日野先生のお話の中で、とても興味を惹かれたエピソードがありました。先生がラジオ英語番組を担当されていた時、バングラデシュの青年に出演を依頼し、打合せも済んだあとで、こんな会話があったそうです。

 日野先生:Would you come here on Wednesday? (水曜日に来てくださいね。)

青年: Maybe. (たぶん。)

日野先生:I beg your pardon? (何ておっしゃいました。)

青年:I don't know, but I will try. (わかりません。でも、努力します。)

 どうしてこのような会話になったかと言うと、イスラム教の教えでは、未来について知っているのはアラーの神だけで、人間は未来のことを約束できないからだ、ということでした。未来のついての約束をすることは、神への冒涜になるというのです。ですから、全ての準備が整っていたとしても、来るかどうかはわからない、でも、来る努力はする、と言うしかないのだそうです。このように、英語でしゃべっていても、やはり文化的背景は、そのまま言葉として表出するのです。

 これを聞いて、すぐに考えたのは、法廷でこのようなことが起こったらどうなるだろう、ということでした。裁判のおわりに、裁判官が被告人に向かって「あなたは、二度とこのような犯罪を犯さないと約束できますか」と聞いたときに、被告人が「たぶん」と答えたら、みな、びっくりするでしょう。しかも、「わかりませんが、努力します」などというセリフが被告人の口から出たら大変です。被告人が反省することを非常に重んじる日本の法廷です。「もう二度としないことを約束します」と言わないと、量刑に響くのは目に見えています。

 このような場面が実際にあったら、法廷通訳人はどうしたらいいでしょうか。被告人の真意が分かっていた場合、そのまま言葉に表れたとおりに訳していいのでしょうか。でも、解説するのは通訳人の職務範囲を超えています。このあたりのジレンマも通訳人を悩ませます。

 実際、このような文化的な問題を処理するのは法律家の仕事であるべきです。弁護人は、被告人の文化的背景に敏感になって、こういう問題が生じたときの対処法も考えておく必要があります。通訳人は、やはり、言われたことをそのまま訳すことを原則とするべきなのです。

 





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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 
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