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Makiko Mizuno
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異文化伝心(18) カタカナの罠
 昔、アメリカ人の画家の通訳をしたことがありました。講演の通訳をした後、空き時間に彼女が画材店に行きたいというので、ついていきました。
 お店の中には、色々と見慣れぬものが並んでいましたが、それぞれ、特別な名前がついているのがわかりました。例えば、金属や鉱物などの粉を溶かして絵の具にするものはpigments (顔料)と呼ばれているし、水彩絵の具はwatercolors 、油絵の具はoilcolors です。絵の具はすべてpaint だと思っていましたが、そうではありませんでした。
店の中をあちこち見て回っていると、その画家が”I'm trying to find some medium.”と言いました。私は、mediumとは一体何だろうと思いながらも、とりあえず
「何か『中間的な物』っておっしゃってますけど・・・」と店員に言いました。店員は首をひねって
「それのサイズのことですか。」と、その画家が手にしていたコバルトの顔料のビンを指さしました。
私が、それを通訳すると彼女は
「違う。違う。mediumを探しているの。」と言います。
「よくわからないけど、『ミーディアム』というものらしいです。」と私。
「それは、何に使うものですか。」と店員。画家に聞くと、持っていたコバルト顔料を指差して、
「これを溶く液体のことよ。」と説明してくれました。私がそれを伝えると、
「それなら、うちには、『メジューム』というものがあります。」と店員が言うので、彼女にそう伝えました。すると彼女は怪訝な顔をして、
「私の欲しいのは『ミーディアム』というものよ。別に珍しいものじゃあないので、どの画材店にでもあるはずだわ。」と言います。

「『ミーディアム』というものがあるはずだと、おっしゃってます。」
「『メジューム』しかありません。」

この類のやり取りを何度か繰り返していると、
「あったわ。これよ。」と画家がうれしそうに声を上げました。そして、小ビンに入っている液体を私と店員に見せました。 それを見て、店員が、
「それが『メジューム』です。」と、憮然として私の顔を見ます。私は、そのビンを手にとってじっくり眺めました。そして、ラベルに書いてある英語を見つけました。
“medium”・・・そう、はっきり書いてありました。
 次の瞬間、私は自分のバカさかげんにあきれました。『ミーディアム』と『メジューム』は同じものでした。またしても、カタカナの罠・・・。顔料を溶く液体のことを英語ではmediumといい、それを日本人は『メジューム』と発音していただけのことでした。私にはmediumを『メジューム』と発音するなどという発想は全くなかったのです。英語の言葉であるということも考えませんでした。フランス語か何かだと思ってしまっていたのです。
でも、少しでも美術の知識があれば、こんなくだらない失敗はしなかったはずです。そういう意味で大いに反省しました。

 少し話が変わりますが、私の通訳の先生でもあった、同時通訳者として有名な村松増美氏がこんな話をしてくれました。彼がまだ駆け出しのころ、『立米』(りゅうべい・・・立方メートルのこと)という言葉が出たとき、『りゅうべい』とは、自分がまだ知らない英単語だと思ってしまい、色々アクセントを変えて『リューベイ』といい続けたけれど、当然のことながら、全く通じなかったそうです。
 また、『オットセイ』も英語だと思い、『オーットセイ』や『オットセーイ』のように、これまたアクセントの位置を変えて、色々トライしてみたけれど、ダメだったというエピソードもありました。(ちなみに、オットセイはアイヌ語が中国音化して、日本に入ってきたらしいです。)
日本語には、色々と外来語があり、どこまでが日本語でどれが外来語であるのか、語感的に非常に紛らわしくなっています。しかも、その外来語のうち、どれが英語で、どれがそうでないのか、あるいは、どれが和製英語で、どれが本来の英語なのか、見極めが難しいものもあります。しっかり勉強しているはずの通訳者ですら、時には思いがけないミスをすることがあるのです。
 
 ところで、『簿記』という言葉がありますが、これは英語のbook keepingが訛ったものであると知ったときには、妙に感動しました。まさにぴったりの漢字まで付いているのです。あっぱれと言うほかありません。
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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 
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