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Makiko Mizuno
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異文化伝心(19) 西暦と元号 換算できますか?
 こんな話を聞いたことがあります。ある学校で保護者のグループが、その活動に関するチラシを配布したいと思って校長に許可をもらいに行ったら断られました。その理由は年号が西暦で書いてあったから、ということでした。学校では元号で書かれたものしか配ってはいけないと言われたそうです。私は、「へえ、そんなことがあるのか・・・。」とびっくりするとともに、「なぜ、そこまでこだわるのだろう」と不思議に思いました。

 日本では、公的な場では、今だに元号で年号を表示するのが正式な形とされているようです。役所の公式文書もそうですし、裁判での起訴状などの文書もそうです。今、私の机の周りにある色々な文書をざっと見てみましたが、多くの公的文書が元号表記でした。でも、現在の本務校はキリスト主義の大学であり、大学関係の文書は西暦表記になっています。また、新聞社関係のもので、西暦と元号が併記されているものも見つけました。

 さて、この元号表記は、通訳者にとって大変厄介なものです。元号は日本人にしかわからないものなので、訳すときに「ヘイセイ トウェンティトゥー」などと言っても意味がありません。世界基準である西暦に直して訳す必要があるのです。

 私が通訳の勉強をしていたころは、まだ昭和でした。昭和については簡単です。25を足して1900を付ければいいです。昭和50年なら、50に25を足して75にし、1900を付ければ、1975年となります。ところが平成になってくると、そう簡単にはいきません。

 平成元年は1989年です。昭和のときのようなやり方で換算すると、88を足して1900を付けるということになります。もちろん、これでうまくいきますが、88を足すこと自体、けっこう厄介です。では、私はどうしたかというと、初めのうちは、平成の数字から2を引いて1990を足すというやり方を取っていました。例えば、平成5年であれば、5引く2プラス1990で、1993年という計算です。ところが、西暦が2000年を超えてくると、平成の数字から12を引いて2000を足すほうが簡単になります。そうなると、平成12年、つまり2000年を基点として計算するのが楽だとわかってきます。平成の数字から12を引いて、2000を足す、ということです。平成12年を境に、プラスとマイナスに分かれますが、このやり方が、今の私には一番楽に思えます。平成8年であれば、8引く12で、マイナス4、つまり、2000から4引いた1996年ということになるのです。

 このように、年号の換算は、慣れてくると簡単ですが、最初はかなり戸惑います。また、歴史をさかのぼった話になると、手に負えなくなることもあります。明治、大正くらいは何とか換算する方法を考えますが、明暦○年とか、天保○年などということになると、とても西暦に直せません。およそ何世紀、くらいにごまかさざるを得ないこともあります。

 年号以外にも、即座に換算して訳さなければならないものがあります。例えば、度量衡の単位です。英語で「10マイル」と言われれば「16キロ」、「3フィート」と言われれば「1メートル」というように、聞いている人がおよその感じがつかめるように換算するのが親切な通訳だとされています。ただし、正確なデータを発表しているような場面では、下手に換算すると誤差が生じるので、あえて換算するのを避けることも当然あります。

 ところで、よく映画などで距離について何かしゃべっている時に、「およそ16キロくらいよ。」というような字幕のせりふが流れますが、非常に違和感を覚えます。およその数字を言うのであれば、「16キロ」はおかしいのです。「10キロ」とか「15キロ」ならおよその数であると言えますが、「16」と言ってしまうと、「およそ」どころか「正確に」のニュアンスになってしまいます。英語ではもちろん、「About 10 miles」(10マイルほど)というように、「およそ」の意味で言っているのに、日本語に正確に訳すとニュアンスが失われます。

 同様に、英語でよく「half a dozen」(半ダース)と言いますが、1ダース(12個)を単位としているので、その半分くらい、つまり、日本語のニュアンスで言えば「5,6個」というようなニュアンスの表現です。これを正直に「6個」と訳している小説や字幕などがありますが、これも「6」という数字を出してしまうと、日本語では「正確に」のニュアンスになってしまいます。

 このような例は、本当に正確にその数字を言おうとしているのか、それぞれの文化的習慣に即しておよそのつもりで言おうとしているのか、しっかり見極めることが大切です。通訳者や翻訳者は、そのシチュエーションが自然に伝わるように訳さなければならないので、的確な状況判断が常に必要とされます。そして、ある程度の算数の能力が求められているのは言うまでもありません。

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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 
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