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Makiko Mizuno
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大地震が起きた時
 3月11日、東日本を地震と津波が襲った時、私はハワイのホノルルにいました。科研費研究プロジェクトの一環として、ハワイ大学法科大学院でのプレゼンやハワイの法廷での傍聴などを中心に、研究のために訪れていました。

 ハワイ滞在のちょうど3日目、大切なプレゼンを無事終えた日の夜8時ごろ、日本でマグニチュード8.9の大地震が起きたというニュースが流れ、それに続き、ハワイに津波が来るということで、ハワイ全土に警報が鳴り響き、TV番組がそのニュース一色になりました。

 計算によると午前3時9分にオアフ島に津波が到達するので、住民はみな、海辺から離れて山のほうに避難するようにという勧告が出されました。津波の高さは6フィート、つまり2メートルくらいだと予想されるが、太平洋上の最後の観測地点以降は、実際にカウアイ島に最初の津波が来るまでは、その高さは正確には予測できないということでした。

 ビルの6階以上は大丈夫なので、観光客はホテルの上層階に留まるようにと言われましたが、私の部屋は32階、研究グループの他のメンバーの部屋は30階だったので、特に移動することもありませんでした。でも、もし2メートルの津波が来たら、ホテルの下層階は水浸しになり、電気や水道関係がすべて機能しなくなることは当然予想されました。高層階から外に出るだけでも大変です。私たちは可能な限りの水と食べ物を用意し、1、2日はホテルに籠っても大丈夫なように,準備をしました。

 「予定の時刻の3時9分までにあと○○時間○○分なので、早く高いところに逃げるように」という放送が繰り返し行われる中、ワイキキの街から人と車がだんだん消えて行きました。リアルタイムで浜辺の様子がTVで映し出されていましたが、わざわざ津波を見物しようと浜辺に出ているお馬鹿な3人の人影に向かって、警察のヘリコプターが避難を命じる様子も映りました。

 夜の12時を過ぎるころには、通りはゴーストタウンのようになっていき、高層ビルのホテルに留まっているのは、まるでノアの箱舟にいるような気分です。取り残されていくという孤立感を強く感じました。

 ずっとTVをつけていましたが、日本で津波が町を押し流している恐ろしい映像が繰り返し放映されました。まるで映画のシーンのようで、こんなことが実際に起こったなんて、信じられない気持がしました。アメリカ人たちにとっても、かなりショッキングな映像だったようです。

 それを見ていると、本当にホテルなどのビルは大丈夫なのだろうかという恐怖の気持ちがわいてきたので、私たちはホテルを出てハワイ大学などのある高台まで行こうか、というような相談もしました。そこまで歩くには最低1時間はかかるから、2時までには決意しなければなりません。私はハワイ在住の友人に電話で相談したら、本当に避難するなら車で迎えに行くけど、ホテルは絶対に大丈夫だと思うよ、と言われました。結局避難するのはやめてホテルに留まることにしましたが、後で聞いたところでは、その時には警察が道路を封鎖していて、どちらにせよ、その友人はワイキキには入れなかったそうです。

 私はずっとTVの前にくぎ付けになっていましたが、予定の3時9分が近付くにつれ、恐怖心と緊張が高まり、心臓の鼓動は早鐘のようになり、息苦しくなりました。あんな長時間、極度の緊張にさらされたことは初めてで、異常な体験でした。

 結論としては、ワイキキには津波らしいものはほとんど来ませんでした。昔からハワイの王族の別荘地だったところなので、自然災害による被害は少ない場所だろうと考えていましたが、やはりその地形から、大きな波は寄せにくかったようです。マウイ島などでは道路まで水をかぶり、多少の被害はあったようでした。ハワイより本土のカリフォルニアのほうが被害が大きく、一人、津波に流されて亡くなった人も出たようです。

 その日は、安全を確信するまで、朝の4時頃まで起きていましたが、ずっとTVの報道を見ていて、色々と感じたことがありました。

 まず、災害に際して、アメリカ政府は日本政府に比べ、国民を守るという意識が強いということです。今回の津波に関しても、もし津波が来た場合、警察、病院その他、国民を守る体制がどうなっているかについての情報をきちんと流していました。日本の場合、被害状況についての報道はあっても、国民を政府がどう守るかという点については、全く何の情報もありません。情報どころか、そういう態勢が整っていないのでしょう。危機管理という点では、日本は本当に平和ボケしていると感じます。今回の大災害で、その弱点がもろに表れたと言っていいでしょう。

 原発事故についても、日本政府の避難勧告が原子炉から20キロや30キロ圏内だった時に、アメリカ政府の在日アメリカ人に対する避難勧告は80キロでした。情報を小出しにして「安全だ」「健康被害はない」と言い続け、結局、次々と避難勧告の対象を広げていかざるを得なくなっていた日本政府に対して、人々の間で、本当に国民を守ることなど出来ないのではないかとの不信感が募っているのが現状です。
 
 今回の報道で、非常にハワイらしいと感じたこともありました。ニュースのレポーターの男性が「僕のお父さんは今仙台にいるんだ。無事なのか、心配でたまらない」と、個人的なことを視聴者に向かって言うのです。そして、しばらくすると、同じレポーターが「お父さんと連絡がついて、無事が確認出来た」と視聴者に報告しました。それに対し、他のキャスターやレポーターが皆で拍手する様子も放映されました。日本ではありえない光景だと思いました。皆が大変な時には自分のことは言わないのが日本の美徳です。家族が亡くなっていても、それについては何も語らず、ひたすら自分の任務を全うする姿を美しいと感じるのが日本人の国民性です

 でも、その時思ったのですが、あれほど悲惨な津波の映像が繰り返し流される中、そのレポーターの父親が災害の真っ只中で無事だったという報告は、視聴者の心に1つの灯明となって、救いの役割を果たしたのです。こういうことも大切なのかもしれないと、あらためて感じました。

 また、ハワイ全土に津波への警戒と緊張が高まっていた中で、ニュースでレポーターが「みんなで団結して助け合いましょう。みんな「オハナ」です。」と、繰り返していました。ハワイアン・スピリットの中でも最も大切な「オハナ(家族)」が強調されたのです。その言葉を聞くだけで、何となく温かい気持ちになるのがハワイです。

 今、日本は本当に大変です。原発事故のために災害後の復興もままならないし、その影響によって、元々予想されていた経済破綻という爆弾への導火線が、確実に短くなりました。日本人が本当に賢い民族かどうかが、今後の国の在り方に直接反映してくるでしょう。政治家たちは、次の選挙での票の行方ばかりを気にしており、日本の将来にとって本当に必要な決断が下せないでいます。有権者も、今100円くれるけれど明日1000円を奪い取っていく人がいいのか、今は100円取るけれど明日1000円返してくれる人がいいのか、よく考える必要があると思います。

 いずれにせよ、今回の震災がこの国にとっての大きな転換点になることは間違いないことでしょう。


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Makiko Mizuno
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