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Makiko Mizuno
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異文化伝心 その(4) 裁判と手話
裁判と手話

 何年も前に京都地方裁判所に傍聴に出かけた時のことです。英語の通訳が付いた外国人被告人の事件を傍聴したあと、たまたま、その日に聴覚障害者の裁判があり、手話通訳が付くことを知りました。これ幸いと、さっそく傍聴しました。
 被告人は、無銭飲食で捕まったろうあ者の老人でした。現在のように、聴覚障害者のための特殊な教育機関もほとんどない時代に育った人です。体系立った手話の習得もしていません。手話というよりも単なるジェスチャーのような身振りが目立ちます。その時の通訳人は、テレビニュースなどでよく目にする人でしたが、優秀なベテラン手話通訳者のようでした。
 裁判官は、通訳人に、被告人に話がちゃんと通じているかどうか、時々確認しながら手続きが進行していきましたが、やはりどうしても通じない場面があり、通訳人も当惑している様子がわかりました。
 聴覚障害者が被告人となる裁判には、さまざまな困難が伴います。時には裁判が不可能になってしまうこともあります。
裁判で被告人となった場合、最初に告げられる「黙秘権」は非常に重要な権利で、これが伝えられない場合、手続きを進めてはいけないことになっています。「黙秘権を告知する」とは、以下のことを伝えるということです。
 「言いたくないことは言わなくてもいい。それは権利として認められている。しかし、この場で発言したことはすべて証拠となり、被告人に有利にも不利にもなる」
この「黙秘権告知」は、聴覚障害者の裁判で、大きなつまずきの石になることが多いです。
 手話などの視覚媒体によるコミュニケーションは、具体的で映像が浮かびやすい事柄を伝えるのには困らないけれど、観念的、抽象的なことを伝えるのは、難しいと言われています。例えば、人差し指を口に当てる動作で「言うな」や「答えるな」は表現できるけれど、「言いたくないことは言わなくてもよい」という概念を伝えるのは大きな困難を伴います。さらに、教育レベルの高くない聴覚障害者、特に特別な教育施設に通わない人たちの多かった高齢者の世代にとって、「権利」という概念を理解することはとても難しいです。
 このように「黙秘権」が伝わらなければ、裁判を進めていくことは出来ません。また、その概念が理解できないということは、被告人の訴訟能力にも疑問が持たれるということになります。そうなると、公訴棄却になったり、公判手続きが停止されたりする事態にもなりかねません。いつまでたっても裁判が進まないため、たった600円を盗んだことで、何年も被告人のままの立場で過ごし、そのまま人生を終えた人もいます。(森本事件)
 また、いわゆる「仮定法」で表されることがらも、聴覚障害者に伝えるのは難しいと言われています。「もしあの時・・・であったら、あなたは・・・していましたか」というような表現です。聴覚障害者が被害者になった大掛かりな詐欺事件がありましたが、被害者に対する事情聴取の際に、「あの時、(詐欺師が)きちんとした服装ではなく、みすぼらしい格好をしていたら、あなたは彼の言うことを信じていましたか」というような質問を手話で理解させることは非常に困難であったと、この事件に司法通訳者として関わった人たちは述べておられました。
 また、手話での意思疎通が概ねスムーズにいくような場合でも、状況によっては手話では伝えきれない概念が出てきます。イギリスの司法通訳関係者に聞いた話ですが、イギリス手話では、「殺人」という概念が表せない、つまり、絞殺なら首を絞める動作、射殺なら撃ち殺す動作、刺殺なら刺し殺す動作、というように具体的に表すので、単に「殺人」と言われても困るということでした。
 外国人の裁判であれば、その人の母語と日本語が完璧に出来る通訳人を手配すれば、ほとんどの事が伝わります。でも、手話をいくらマスターしても、口頭言語と視覚言語との間には正確な意思疎通の不可能な部分があり、その分だけ通訳は難しくなるのです。
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Makiko Mizuno
エッセイ(異文化伝心)


 
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