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Makiko Mizuno
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Critical Link 6 参加とバーミンガムの法廷ツアー
7月25日から8月2日にかけて、イギリスのバーミンガムで開催されたコミュニティー通訳の国際学会であるCritical Linkの第6回大会に参加してきました。今回は前回に比べ、日本からの参加者も多く、日本のプレゼンスが高まったと思います。

私は個人発表(共同)とパネルの両方に参加しました。多くのセッションが並行して行われるので、聞きに来てくれた人は少なかったけれど、司法通訳の研究で有名なイスラエルのRuth Morris先生を始め、研究者として非常にレベルの高い人たちが集まり、質疑応答などを通して大変すばらしいフィードバックが得られました。

また、韓国や香港の研究者で、私たちと同じように司法通訳の言語分析をやっている人たちと親交を深めることができ、今後のアジア(特に東アジア)の研究者の情報交換の場を構築するという構想の土台ができました。それが一番の収穫でした。

バーミンガム裁判所 small 2


第1日目にバーミンガムの法廷見学のツアーに参加しましたが、裁判所は歴史的に価値のある本当に素晴らしい建物で、そのことだけでも感激しました。そこでは、Magistrate Court(治安判事裁判所)の裁判を見ましたが、これは軽犯罪を裁く裁判で、本物の法律家ではなく、市民を代表する一般の人が裁判官の役割を果たします。ですので、判決はまさに市民的感覚で行われ、「本当は罰金50ポンドだけど、2日も警察にいたから、チャラにしてあげる」とか、「罰金は分割でいいけど、今日は取りあえず20ポンド払いなさい。」「今日は持ち合わせがないんです」「えー!お金も持たずに裁判に来たの?」などというやり取りが裁判長と被告人の間で交わされます。誰が裁判官かによって、同じことをしてもずいぶん判決内容が異なるそうです。

ここでの法廷傍聴中に面白いことが起こりました。トコロテン式に次々と被告人が出てきて、すぐに判決が下るのですが、たまたま外国人の被告人だった時に、警察か通訳人の手配を忘れていました。でも、特にあわてた様子もなく、通訳人がいないまま、裁判は行われました。裁判長は「ゆっくり話せば英語はわかるね」と言うと、被告人は「イエス、イエス」と言います。外国人の中には何もわからなくても「イエス」と言う人は多く、その時も被告人の顔を見ていると、とても内容が分かっているようには感じられませんでした。分からない言葉は、いくらゆっくり話しても分からないものです。検察官のいかにも検察官らしい英語表現など、分かるはずもありません。でも、裁判は、被告人が理解したものとして最後まで行きました。もちろん、たいした犯罪ではないので、後でソリシター(事務弁護士)が説明すればそれですんだでしょう。その時ツアーで傍聴していた私たちは、世界各地から集まった司法通訳の研究者たちです。奇しくもそのタイミングでそういうことが起こったので、恰好の話題となり、後でそれで話が盛り上がりました。

7年ほど前に法務省の委託でイギリスの司法通訳制度の調査を行ったのですが、その時に、通訳の手配はしっかりしたシステムによって行われていることを学んだのですが、そんなイギリスでも、このようなミスがけっこう起こっているということなのでしょう。もちろん、Magistrate Courtのレベルだったから、通訳なしでも裁判をやってしまったということでしょう。でも、本来は、通訳なしに英語が分からない外国人被告人を裁くことは法律違反のはずなのですが・・・。

crown court small


Magistrate Court のあと、Crown Court(王立裁判所)も見学しましたが、ここでは、プロの法律家による普通の刑事裁判が行われます。法服とウィッグを身に付けた法律家たちの格調高い弁舌を聞くことができました。Magistrate Courtでは、裁判官は普通の服装だし、話し方についても、ごく普通の市民同士が話しているような場面が多いです。Crown Courtはまったく別世界の感じで、いかにも「イギリスの法的空間」らしい雰囲気です。そのようなところで通訳するのは、かなり難しいだろうなと感じました。「法的空間」における言語使用が非常に独特のものであり、それが法律家を法律家たらしめているという現象が世界共通であることを再認識しました。



Makiko Mizuno
Diary


梨花女子大でのカンファレンスに参加しました
6月25日と26日に、ソウルにある梨花女子大学に行ってきました。26日に同大学で開催された翻訳をテーマとするカンファレンスのゲストスピーカーとして招待され、日本の法廷通訳に関わる教育や養成の現状について話をしました。前日には、同大学の通訳翻訳大学院の日本語専攻の学生と卒業生に向けて、日本のコミュニティー通訳について講義をしました。

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韓国では、司法をはじめとするコミュニティー通訳分野についての認識がまだ浅いようで、25日の講義では、聴講者は私の話を非常に関心を持って聞いてくれました。大変活発な質疑応答もあり、反応も素晴らしかったです。これまで日本で同じテーマで何度も講演をしてきましたが、今回ほど積極的な反応が得られたことはありません。そのことを言うと、先生や学生さんから、「実は梨花女子大の通訳翻訳大学院では、日本語専攻の学生が一番おとなしい。それは日本人から影響を受けているからです」と言われました。他の言語専攻の学生さんたちは、もっと元気らしいです。

韓国では、日本と異なり、通訳者は梨花女子大をはじめとする大学や大学院の特別コースで養成するということです。梨花女子大では、日本語、英語、中国語などの通訳コースがありますが、学生の数も教員の数も、日本の通訳翻訳関係の大学院と比べると、その規模がはるかに大きく、本気でプロの養成をしていることが分かります。ソウルでは、梨花女子大の卒業生と韓国外国語大学の卒業生がプロ通訳者の二大勢力となっており、互いにライバル関係になっているようです。日本はプロ養成は通訳学校が中心となっていて、大学院では、どちらかというと通訳理論を中心に教えています。

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梨花女子大キャンパス 伝統的な建物 

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梨花女子大キャンパス 地下5階まであるモダンな施設




今回、梨花女子大の卒業生でプロの通訳者になっている人たちと色々と話をしましたが、私が会った人全員が、たいへん優れた日本語能力を持っていました。日本人と話をしているのと全く変わらず、何の違和感もない日本語でした。普通、非常に日本語のうまい韓国人でも、どうしても克服できない韓国訛りというものがあるのですが、その人たちにはそれが全くないことが驚きでしたが、日本語の通訳者になる人には、日本からの帰国子女が非常に多いということでした。

韓国では、会議通訳は非常に高額の報酬が得られる職業で、その時間単価は日本の通訳者と同じかそれ以上です。物価から考えると、日本よりも高額ということになります。ところが、コミュニティー通訳の分野は日本以上に遅れています。通訳者もほとんど訓練を受けていないアマチュアであることが多く、法廷通訳の報酬に関しても、日本以上に会議通訳とのギャップが大きいようです。

今回、私が法廷通訳やコミュニティー通訳の話をしたことで、梨花女子大の学生さんや卒業生の間で、この分野に対する関心が少しは高まったようです。日本で韓国語の法廷通訳の仕事ができないだろうかというような相談も受けました。

彼女たちのような優秀な通訳者が日本の法廷に立つようになれば、日本の法廷通訳のレベルも上がると思うのですが、それで生活できるわけではないので、そういう仕事を勧めることは出来ませんでした。

今回で私の韓国訪問は5回目です。韓国での楽しみの1つは食事です。今回、韓定食を2度ごちそうになりました。数えきれないくらいの種類のお料理が、次々と運ばれてきて、自分の取り皿に好きなだけ取るのですが、種類が多いので、いくつかの料理を後回しにしていると、給仕の人が、次の料理を運ぶためにすぐ下げてしまいます。せっかく食べようと思っていたのに、下げられてショック、というようなことが数回ありました。

Korean meal 1


まだたくさん残っているのに、お料理をそのまま下げるというのは韓国の伝統のようです。きれいに平らげると、お代わりが出てくるということも聞いたことがあります。お皿に残っているうちに下げることで、充分お料理を提供しているということになるのでしょう。確かに、途中で下げられてしまっても、結局、最後にはお腹がいっぱいになりました。

梨花女子大にはたくさんレストランやカフェがあり、中には韓定食が食べられるところもありました。キャンパスのカフェテリア・マップがあり、本当に色々なお店があることが分かりました。映画館やスポーツ・ジムもキャンパス内にあるのですから、当然と言えば当然でしょう。

今回、たった2日の滞在で、梨花女子大周辺にいただけでしたが、大変楽しく過ごすことができました。招待して下さった梨花女子大の先生に感謝いたします。


Makiko Mizuno
Diary


言語鑑定の将来
6月13日(日)に明治大学で法と言語学会・法と言語科学研究所共催のシンポジウム「法言語学の将来像-司法過程における言語鑑定のあり方-」が行われました。私たち主催者が思っていたよりもはるかに多くの人が参加し盛況でした。

前々日には東京高裁の司法記者クラブで記者レクも行って宣伝しましたが、おかげでマスコミ関係者も多く来てくださり、その日の6時のNHKの全国ニュースでシンポジウムの模様が報道されました。

今回のシンポジウムの第1部は「言語学鑑定の利用に向けた課題と展望」というテーマでした。パネリストの先生方からは、鑑定をテーマとする大変面白いお話がありました。言語学鑑定などよりも歴史の長い法心理学鑑定でも、裁判所に受け入れられにくいというようなことや、心理学者の方たちも法律家からの冷遇に対し、非常に悔しい思いをしているということもわかりました。

今後の言語鑑定が直面するであろう困難についても言及されました。人文科学系の学問は自然科学系のようには、法律家に専門性を認められにくいということ、つまり、法律家は言語のことなど自分でもわかっていると思っているから、言語学者の言うことを特に専門性の高いものだとは思わないというのが現状だということです。そして、言語学は科学であり、単に言語ができることとはその専門性が異なることをアピールしていくことが今後必要であるということでした。

第2部では、「法廷通訳の正確性と鑑定について」というテーマのもと、2002年に起きたニック・ベイカー事件と現在進行中のベニース事件の控訴担当弁護人お二人から、それぞれの事件の紹介と問題点の指摘がありました。それを受けて両事件の鑑定書を作成した私から、当該事件の法廷通訳の問題点と、法廷通訳の言語鑑定のポイントについて話をしました。

通訳の正確性の鑑定ということに関して私が強調したことは、法廷通訳に関する鑑定の主眼は「誤訳」よりも言い淀み、訳し落しなどの「通訳エラー」であり、特に裁判員裁判では、そういう通訳エラーの繰り返し、あるいは積み重ねが被告人自身に対する歪んだ心証を形成してしまう可能性があるという点でした。マスコミ関係者も含め、一般の人は、どうしても具体的な語訳にのみ関心が集中してしまい、それ以外の要素の重要性が見過ごされがちになってしまいます。

また、今回のベニース事件の控訴の争点が通訳人の訳出が「正当な意訳」かどうかという点にあるので、「意訳」とは何かについても話しました。意訳とは「情報の量と密度を変化させないで、原発言を目標言語で別の形に言いかえること」です。ですから、今回の通訳人のように訳し落しが頻発しているような場合、情報の量と密度を保っているはずはないので、決して「正当な意訳」ではないと述べました。

今回のシンポジウムで、言語鑑定が裁判で普通に受け入れられるようになるには、まだまだ長い道程があることを実感しました。歴史的に見て、正確なコミュニケーションの重要性を強く認識せざるを得ないような状況には直面して来なかった日本人社会ですが、今後、真のコミュニケーションとは何なのかを真剣に考えていかなければ、グローバル化に対応することはできなくなるでしょう。

Makiko Mizuno
Diary


べニース事件控訴審始まる
べニース事件の控訴審が6月2日に初日を迎えました。傍聴に行きましたが、大変驚かされることばかりでした。

第1審の法廷通訳の質が問題になって控訴された事件です。当然、控訴審については質の高い通訳人が選任されなければなりません。その適性について確認するために、弁護人が通訳人に対していくつか質問したいと求めました。それに対し、裁判長は、裁判所が適正であると認めた通訳人であるので、その必要はないと却下しました。最初から、裁判所が選任した法廷通訳には問題ないという姿勢を貫こうとしていることが明らかでした。

今回、私が通訳の正確性についての鑑定書を提出していますが、これについて検察側から答弁書が出されています。これについて、弁護人から「その内容の裏付けのために、検察側も言語の専門家の鑑定を依頼するのか」という質問がありました。それに対しては「ございません」との返答。弁護人が、専門家の鑑定に対する答弁であれば、やはり専門家の意見に基づいたものでなければ法的に問題があるのでは、と言いますと、裁判長は、「答弁書を受理しているわけではない。弁論として預かっているだけ」と述べました。

弁護人は、今回、他にも4通、言語の専門家の鑑定書を提出しました。これに対し、検察官は「必要なし」ということで証拠として採用することに不同意。「個人的見解」にすぎないから、という理由が述べられました。

今回の鑑定には、日本の法言語学の第一人者で博士号も取得しておられる先生をはじめとする、研究者としての業績も十分な方々も参加しています。内外の20年にわたる研究成果の蓄積から得られた知見に基づいた、科学的な鑑定内容です。このような、言語分析の専門家の鑑定書に対して「個人的見解」であると述べ、自分の答弁書も個人的見解だが、専門家の意見による裏付けは必要ないという検察側の理屈は、とうてい受け入れることはできません。

法医学鑑定や精神鑑定では、このような扱いをされることはありません。鑑定書の意見に対して「個人的見解」などと言われることはあり得ないし、それを退けるために法律家が自分の意見のみをぶつけてくることはあり得ません。必ず別の専門家の鑑定を依頼するはずです。

言語鑑定はどうしてこのような理不尽な扱いを受けなければならないのでしょうか。理由は簡単です。言語というものは、それを使える人は誰でもその専門家であるという大きな勘違いがまかり通っているからです。言語を使えることと、言語の仕組みや言語の及ぼす影響について解明することとは全く別物だという認識がないのです。

欧米諸国では、言語学者の専門家証人としての立場は確立しているし、そのシステムが非常にうまく機能しています。もちろん、そうなるためには様々なハードルをクリア―してきたことは間違いありません。

法廷通訳についても、世界の多くの国で、レベルの高い通訳人を保証する仕組みが作られています。それは、通訳をめぐる多くの不公正な裁判について問題提起され続けてきた結果です。特に陪審制度のある国では、陪審員の心証形成への通訳の影響についての豊富な研究データがあり、法律家もある程度それを尊重しています。このような点において、日本の司法制度の硬直化した姿勢は驚くばかりです。

人間を他の動物から分け、人間たらしめている重要な要素は言語です。法廷は人間を裁く場です。人間にとって最も重要な言語というものに対する感性があまりにも鈍い。それが現在の日本の司法制度です。


Makiko Mizuno
Diary


シンポジウムのお知らせ
 第1審の通訳が問題になって控訴されている「べニース事件」については、当ブログその他で色々な形で取り上げられています。いよいよ6月2日に公判が開かれますが、鑑定書という形で表明された言語学者の意見を法律家がどの程度受け入れるのか見ものです。

 今回、法と言語学会・法と言語科学研究所共催でシンポジウムを行うことになりました。「司法過程における言語鑑定の在り方」がテーマです。法廷通訳の問題だけでなく、様々な分野で法言語学者の知見が有効に利用されうることについて、各分野の専門家が議論します。



日本学術振興会科学研究費補助金・新学術領域研究
「裁判員裁判における言語使用と判断への影響の学融的研究」公開シンポジウム

          法言語学の将来像

-司法過程における言語鑑定のあり方-


日時: 2010年6月13日 12:30~17:00
場所: 明治大学駿河台キャンパス・リバティタワー16階1166

第一部 「言語学鑑定の利用に向けた課題と展望」
英米では様々な司法過程で言語学者の知見が鑑定として利用されることは珍しくない。しかし、我が国では言語学鑑定が利用はごく限られた形でしか行われてきていない。このパネル・ディスカッションでは、言語学鑑定の利用に向けた制度的・運用的課題と今後の展望について、刑事訴訟法の研究者および社会科学の中でも最も頻繁に鑑定に利用されている法心理学の研究者を交えて討論する。

パネリスト 指宿信(成城大学法学部教授・法と心理学会副理事長)
藤田政博(関西大学社会学部准教授・法と心理学会理事)
大河原眞美(高崎経済大学大学院地域政策研究科長・教授・法と言語学会会長)
司会 堀田秀吾(明治大学法学部教授・法と言語科学研究所所長)

第二部 「法廷通訳の正確性と鑑定について」
2002年の「ニック・ベイカー事件」と2009年の「ベニース事件」は、従来型裁判と裁判員裁判という違いはあるが、控訴において第一審での 司法通訳の正確性が争点となり、通訳の正確性に関する鑑定書が提出された事件である。担当弁護士がそれぞれの事件の詳細について紹介すると同時に、両裁判 の鑑定人が通訳の正確性の鑑定とはどのようなものか、そのポイントについて解説する。そして、通訳に関する鑑定のあり方について、全体で議論する。

パネリスト 宮家俊治弁護士(第二東京弁護士会)
渡辺修弁護士(大阪弁護士会・甲南大学法科大学院院長・教授)
水野真木子(金城学院大学文学部教授・法と言語学会副会長)
司会 中村幸子(愛知学院大学文学部准教授・法と言語学会理事)

共催: 法と言語学会・法と言語科学研究所
Makiko Mizuno
「司法通訳」新情報


 
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